意識の延長にあるもの

普段の日常生活でも無意識にやってしまう事ってたくさんあると思います。
例えば誰かが指を差した方向を見るという行動は無意識だと思います。
但し、最初っから指を差したらその方向を見たわけではないはずです。指の方向に何かしらの変化があったりすることにより指をさしたらその方向を見るという行動をするのです。(逆を言えば指の方向を見て何も変化が無い事が続いたら見ないようになる)

このことは馬の世界でも全く同じだと思います。草食動物である馬にとっての快は安全で快適な場所を常に提供してくれるリーダーに従う事であると言われています。そのリーダーの役割を馬に関わる人間がなりましょうというのが私たちがやっているコミュニケーションの基本的な考え方です。

例えば、リーディング(馬を引く)をしていていつも同じ場所で止まってしまう馬がいるとします。当然関わる人間は馬に止まってほしくないわけですから、馬を動かそうと何らかの行動をします。そしてその行動の結果、また馬は歩き始めます。
この時の人間の心理を考えてみます。

人間の心理は、またあの場所に行ったら止まるのではないか。止まらないように歩いてほしいな。止まったらどうしよう。
と、意識しながらリーディングする事が多いと思います。
このように人が考える事は馬にとって快適な事なのでしょうか?

私たちが馬と関わる中で思うのは馬は本当に人間以上に感じているという事です。であれば上記のように思うことは馬にとっては不快なのではないか。人間(リーダー)から信用されていないと思うのではないでしょうか。
では、もしこの事が無意識に出来た場合はどうでしょうか。馬が人間の指示に従って動いてくれればリーダーである人間は安全で快適な場所を提供します。(余計な事を何もしない。何も思わない)その代わり止まったら不快な事をしますよ。このようにシンプルに物事を考えた時に、人間は余計な事を考えず馬が立ち止まった時には無意識に不快な事をするという行動に繋がるのではないでしょうか。
書いていても訳が分からなくなってきましたが・・・、言いたいことは意識の延長に無意識があるという事です。
無意識を作る為には意識が必要です。相手が不快にならないように意識しながら無意識に行動できる事が良いコミュニケーションを図るポイントなのかな~と思います。

まっ、こんな面倒くさい事を日々考えているMKRanchですが、気軽に馬とのコミュニケーションの勉強が出来る場所を目指しています(笑)ので興味のある方はお越しくださいね~♪